よく考えてみると、55歳というのは一般的には役職定年の年齢ではないですか。
ということに東洋経済の「役職定年 バブル世代の処遇と悲哀」という記事を読んで気づきました。
そういえば私より2歳くらい年上のテニス仲間が、少し前に「役職定年で給料が凄く安くなりましたよー」とボヤいていましたが、私は10年前にビル設備管理の仕事を始めてから、その凄く安い給料(よりもっと安いかも)なんですけどね(笑)
給与と将来の年金支給額は減りましたが、それ以上に仕事のストレスが減り(減ったというか、無くなった)、これはこれで良いか、いや、こっちの方が確実に良かったのだろうと思っています。
というのも、10年前に早期退職した時に、希望退職の募集の前に、40歳以上の社員は全員、上司と早期退職の事で面談することになっていて、その時に「もし会社に残る場合は課長に昇進して◯◯部へ異動してもらうことになっています」と言われました。
◯◯部というのは決して追い込み部屋とかではなくて、寧ろその逆で、その会社を代表するような製品を扱っている部署です。
つまり会社から少しは期待されていたようなので悪い気はしませんでした。
ちなみに私はそれまでに2度課長昇進を辞退していました。
責任と仕事量は増えるのに給料が安くなるという、訳のわからない罰ゲームのような処遇は決して受けないという固い決意があったからです。
そのせいで後輩たちには追い越されて、年下の上司の元で働きましたが、そんな事は気にしません(最初は少し気にしましたがすぐに慣れました)。
しかし3度目の昇進の勧めには流石に応じないわけにはいかない雰囲気でした。
でも、早期退職する事はその時には心に決めていたので、結局は課長に昇進する事なくその会社を早期退職しました。
この決断は今でも正しかったと思っていて、もし早期退職せず、昇進&異動していたら、間違いなく肉体も精神もかなり疲弊していた事でしょう。
下手したらメンタルを病んでいたかも。
◯◯部は会社を代表する製品を開発しているので、仕事量が半端ありません。
常に深夜遅くまで働いている部署です。
そんな所に、似ている仕事をしていたとは言え、一から仕事を覚えないといけず、しかも知らないメンバーばかりの課のリーダーですよ。
しかも結構な人数が希望退職していて、◯◯部の中でも出来る社員は何人も辞めていたはずです。
それを全て背負い込む感じになっていたのでしょうね。
きっと世の多くの中間管理職はそんな感じで心身ともに疲弊しているんだろうなと思います。
そして55歳で役職定年となり年収激減。
年下の上司の下で、余計な事はしないでくださいという雰囲気の中、誰からも頼られなくなり、オワコン感に襲われながら過ごす日々。
この時に喪失感や孤独感を強く感じるようになると、東洋経済の記事に書いてありました。
そして定年退職のときに追い打ちをかけて孤独感に襲われると。
私ももし10年前に早期退職せず会社に残っていれば同じ道を辿っていた事でしょう。
ああ、恐ろしい。
しかし現実は、年収は激減したものの、責任もストレスもなく能天気に概ね好きなことだけ(テニス、読書、映画鑑賞、ガー活)して過ごしています。
平日にも休みがある今の職場を選んだ事も大きかったと思います。
平日はどこに行っても空いているし、テニススクールは女性が多め。
なんと言っても平日に暇してる主婦とランチやお茶が出来ちゃいますからね。
そして、さらなる自由を求めて来年くらいにはフルリタイアしたいという思いを待ち、少しずつ準備をしているところです。
まさか自分が55歳で、こういうポジティブな状況下にいるとは40歳の時には想像すら出来ませんでした。
40歳の時は人生の折り返し、社会人の折り返しという事を強く感じ、残りの人生が不安で仕方がありませんでした。
今振り返ると、45歳は人生最大のターニングポイントであり、よくぞ早期退職を決断したものだと思います。
そして今、10年前と同じように、人生をさらにポジティブにしていくために、フルリタイアする事を含めいくつかの決断をしました。
内容については追々書いていこうと思いますが、55歳というのは私にとっては人生の第二のターニングポイントになりそうな、そういう年齢なのです。